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変なポエム。など

小心者のブログでごんす。パラノイア的な

わたしが天才だったとき

わたしは自分のことを天才だと思っていた。具体的には中学三年〜高校一年の秋まで、わたしは自分のことを天才だと思っていた。

 

わたしが自分のことを天才だと思うようになったきっかけは、おげれつハイテンションというテレビ番組だった。中学三年のある日、おげれつハイテンションを観ていてMCのちんぽ太郎がボケたときに、わたしは「この人(ちんぽ太郎)は天才だ」と思った。ちんぽ太郎のボケは「頭にある穴にピンポイントで針を刺すようなボケ」だった。そして、わたしはこうも思った。「この人(ちんぽ太郎)が天才ならば、わたしも天才だ」と。完全にどうかしているけれど、わたしがクラスメイトに対してボケる感じと、ちんぽ太郎のボケる感じがとてもよく似ていたのだった。わたしは、ちんぽ太郎に憧れたりとか、尊敬するのでなく、ちんぽ太郎と同じレベルなのに、場所はちがえど同じレベルのボケをしているのに、わたしのボケはお金になっていなくて、ちんぽ太郎のボケはお金になっているのが不満であり、不公平だと思っていた。中学三年のわたしにとって、ちんぽ太郎はずるいやつであり、ライバル(もちろん一方的に)だった。

 

ちんぽ太郎をライバルだと思うようになってから、わたしは笑いに対して神経質になっていった。一週間くらい自分の納得のいくボケができないと不安になった。一週間も自分の納得のいくボケができないと、わたしは天才でなくなってしまったのではないか、と不安になった。そして、自分の納得のいくボケができると「やはりわたしは天才だ」と思えるので安心した。当時のわたしが感じていたのは、そこそこのボケをすると、クラスメイトは普通に笑うということ。そして、すごいボケをすると、クラスメイトは爆笑するか、黙ってしまうということ。黙ってしまうのは、クラスメイトがわたしのボケを理解できないからか、ボケがすごすぎて言葉を失っているからだったけれど、すごいボケをしたという確信があれば、理解できないのはクラスメイトのレベルがわたしよりかなり低いからだ、と思えたので、わたしのすごいボケをクラスメイトが理解できなかったとしても、わたしが揺らぐことはなかった。わたしはすごいボケ、いわゆる「頭にある穴にピンポイントで針を刺すようなボケ」ができた。また、わたしは女にうつつを抜かすと、すごいボケができなくなると思っていた。

 

わたしは自分のことを天才だと思ったまま、中学を卒業して、高校に進学した。もしかするとわたしのほかにも、笑いの天才がこの高校にいるのではないかと思ったりもしたけれど、そんなやつはいなかった。笑いにおいて、付き合う人たちはみんなレベルが低かった。どうレベルが低かったかと言うと、付き合う人たちはみんな、そこそこのボケをすることで満足していたし、そこそこのボケこそが笑いにおいて目指すべきものだと思っているようだった。高校生にとって、笑いは神経質になってまで追求するものでなく、そこそこのボケで十分であり、普通に笑えればそれでよいのだった。すごいボケ、いわゆる「頭にある穴にピンポイントで針を刺すようなボケ」はまったく望まれていなかった。わたしはまわりに流されて、そこそこのボケばかりをしてすごいボケをしなくなり、頭のなかにある「すごいボケを思いつくためのスイッチ」をオフにするようになっていった。しまいには「すごいボケを思いつくためのスイッチ」がどこにあるのか分からなくなり、すごいボケができなくなった。高校とは、普通に楽しいおしゃべりをする場所であり、キスやセックスをする相手をさがす場所なのであって、すごいボケをする場所ではなかった。

 

高校一年の秋、空がとてもきれいだった日。リンボーダンス部に入っていたわたしは、練習を終えて部室へ向かう途中で、脳みそから異物が消えていく感じがして、「あ、天才でなくなっていく……」と思った。