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変なポエム。など

小心者のブログでごんす。パラノイア的な

旅に出る

腹を立てない人はいない。僕はそう思っている。ずっと穏やかな人はいない。僕はそう思っている。だれだってだれかにムカついたり、イライラするときがある。もしもあなたが、「私は腹を立てたりしない。ずっと穏やかな気持ちでいるわ。」と思っているのなら、あなたは自分の感情を押し殺しているか、麻痺してしまっているのだと思う。有名人の〇〇さんはいつも穏やかだ、と言われるかもしれないが、あれはそう見せているだけだ。見せるのは簡単だ。アメーバブログで「毎日おだやかー☆」と書けば良いだけだから。というか、まあ、僕がそう思いたいだけなのだけれど。

 

改めて、僕は腹を立てない人はいないと思っているし、ずっと穏やかな人はいないと思っている。しかしここで僕が想定しているのは、「社会のシステムの上で暮らしている人」であって、たとえば出家した人のことは想定していない。

 

腹を立てるのは、理不尽に感じた時や、舐められているなと感じた時だと思う。もちろん他にも色々あると思う。しかし厄介なのは、僕の場合、理不尽に感じたり、舐められているなと感じるのは僕が幻を見ているせいかもしれない、と思ってしまうことだ。つまり、僕の認知が歪んでいるから、理不尽に感じたり、舐められているなと感じるだけで、正しい認知をするならば、理不尽に感じる場面ではないのでは、舐められているなと感じる場面ではないのでは、と思ってしまうことだ。

 

そういう時は、第三者に話してみれば良い。そうすれば、僕に共感するという意見や、共感できないという意見、理解できないという意見、あるいは相手の立場から見た意見をもらうことが出来、多少なりとも客観的になれるだろう。そして話すことで多少なりとも楽になるだろう。だからお前は友だちを作れ。この陰キャラめ。と、僕は僕に言ってみる。

 

とにかく腹を立てるのはしんどい。腹を立てるだけでもしんどいのに、相手をボコボコにする妄想をするようになったら、残念ながら僕の心はギガモンスターではないので、すぐに心の容量がいっぱいになる。しかし腹を立てない人になるのは不可能だ。無理。なので腹を立てたとしても心の容量がいっぱいにならないようにしたい。

 

そのための手段の一つとして、タイトルに行きつく。ベタなのだけれど、旅に出ることで、心の容量に空きを作るのが良い。たとえば海外に行って帰って来たら一週間くらいはすごく気持ちが軽くなっていることがあると思うのだけれど、それの縮小版みたいなことを小まめにやれば良い。旅に出ることは、自分のいる環境は自分にとっては中心だけれども、自分のいる環境は全体からみれば片隅に過ぎないのだ、ということを感じることであり、そして、「ちっぽけな自分」を見つけることでもあるように思う。人は案外「ちっぽけな自分」であることを実感すると、諦めがつくからか、満足の下位互換のようなものを得られる。満足の下位互換のようなものを得られれば、心の容量が少しは空くだろう。また、「ちっぽけな自分」を見つけることが出来れば、「ちっぽけな相手」だって見つけることが出来る。そして「ちっぽけなもの同士、仲良くやりましょうや」という気分に少しだけなれて、心の容量が少しは空くだろう。だからお前は旅に出ろ。このすっとこどっこいめ。

 

と、壇蜜に言われたい。